遠笛

左官−挾土秀平のブログ
建築家・隈研吾




建築家、隈研吾氏と出会ったのは3〜4年前。


東京、芝にある
個人のゲストハウスの外装と茶室。


これが、
はじめて一緒に仕事をさせてもらった現場である。




仕事柄、隈研吾という名前は
どこへ行ってもよく耳にする名前だった。

けれど自分は、
あまり建築家に好まれないという気持ちがあって、
この名前を遠い存在だと思い込んでいた。



はじめて隈さんをリアルに感じたのは2004年。

青山スパイラルで開かれた
竹尾ペーパーショウ・ハプティック(触覚を喜ぶ)展だった。









自分はここで、
土や松葉や苔、漆喰、紙などを素材とした下駄を展示。

ほかにも様々な一流の分野の人が、
いろんなアイディアを試みた作品が並ぶなかに

《蛇の抜け殻》を和紙で表現した作品があって
それが、ひときわ自分の目を引いた。

シンプルでいて、いろんな見方が詰まっている

・・・ 誰? ・・・・その試みが隈さんだった。

蛇の抜け殻・・・透けるような和紙・・・平面であって起伏・・・美しい。

《スゴイ、と悔しい。》


そう感じた事が、今でも記憶に鮮やかにある。




それから番組や雑誌等の取材依頼があると
過去の取材対象者リストには、

必ずといっていいほどに、隈研吾という名前があった。


芝のゲストハウス以降、
隈さんから定期的に声を掛けられ、仕事させてもらっている。

仕事でのやりとりは、だいたいこんな感じだ。


まず、東京・青山の事務所で会う・・・・・

話はいつも具体的ではなく、イメージで伝えられる。

「実はこういう物件なんだけどね」
「じゃあ、こんな可能性がありますが、試してみましょうか」


隈さんはいつも、「それいいね」と言う。

柔らかいというか
アッサリというか、少し拍子抜けするというか
なにか瞬発的な会話で、いつも終わる。

後で、あれれ、どんな話ししたっけ、
と、しばらく振り返らなければならない事がよくある。



隈さんの建築の印象は、

複雑に入り組んだ形状でも、
ゴツゴツした素材を扱っても、
なにか軽やかで、重たくない。

爽やかでありながら存在感が強く、視覚的にも印象に残る。


思うに、
俺を縛らず、まずは可能性を預けているのだと思う。


引いた視線というか、
遠く広くながめているような、

そしてうまく言えないが、ある一定の品格が
どこかの角度に感じられなければならない。


一定の仕上がりを持った上で、それより意味が重要になる
そんな意識をもって、壁を考えている。



色、肌、天然素材、現代素材、存在感、透明感
これらを複雑に組み合わせたり、掛け合わせたり


なんにしても、美意識は外せない。



「どうですか」と出来上がったサンプルを見てもらうと

「いいね・・・・」と、必ず言う。


そこからしばらくすると、
「これ、こうならないかなぁ〜」と
微妙なニュアンスが伝えられてくる。


この微妙をどう考えるかが、本当に難しいのだ。

ここからの微妙は、自分の中に数十にも膨らんで
結局、これだというもの、ひとつには絞れず



例えば、ひとつ選んだものを基準として
   プラスとマイナスに2種ずつのサンプルをつくり、
合わせて5種のサンプルを見てもらう。



・・・・・そうしてひとつが選ばれる。
・・・・・選ばれない可能性だってある。



素晴らしいのは

その選ばれたテクスチャーで、現場施工している時
             あるいは、現場施工が終わったあと


狙った色や肌から、
      少しぶれた幅を許すところだ

むしろ、これでぜんぜんいいよと、受け入れているところ。



つまり、技能とは何かを知っている。
技術だけの建築ではないのだ。

建築には現場に生まれる命があり、
建物に、ムラやぶれを含むところまで考えている

むしろ、その生命力や、
ゆらぎまで、想定されているようにも感じる。


緻密に考え、イメージして狙う、
       そして、狙った先は揺れている。
            

だからこそ柔軟な可能性に傑作が生まれる。

大きな揺れを吸収して
わずかに揺れている超高層と同じで
空間デザイナー的な枠組みとまったく違う、建築家なのだ。

去年のパリ、アンリー・ルルという物件も隈さんの仕事で

秀平組4人と、名古屋の腕の立つ1人と俺、
6人でおおよそ10日間であったが、仕事が終わって

名古屋の職人がこう言った・・・

ブルターニュで砂を選ぶところから
仕上げの肌や、
壁と空間のおさまり、
照明との関係、

それを思考している、お前を
はじめて最初から最後まで見ていて
こりゃあ、壁を塗っていること自体は左官かもしれないけど
ただ左官じゃ、
まったく対応出来ないってわかったよ と言う。

隈さんと仕事が出来る意味には
   こうした世界の建築家と直接話しができ
         自分にも考える余地があること、

無機質で薄く
強度と責任ばかりを売り買いしている、組み立てではない


これほど、職人冥利に尽きることはないぶん
ひとつひとつを大切に、取り組みたい。


つい最近も
新幹線の中で、隈さんに偶然出会った。

数カ月で地球二周したとか、
まさに世界から世界へ飛ぶ日常には、
まったく驚く。



2月だったか
「あ〜、秀平くん、
僕も行くから、ちょっと説明したいし中国行けないかなあ…」

「それでね、左官もあるんだけど、そうじゃない部分も考えたいんだ」

そんな電話をもらった。

「チーュウーゴクですか?」 と息を飲んで、
よろしくお願いしますと、即答したが
今だ、中味はサッパリわからない。

少し怖いが、しかし・・・・
出来る事はなんでもやる


我々は、隈研吾氏の声を断らない、そう決めて挑戦してゆきたい。












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