遠笛

左官−挾土秀平のブログ
むごい冬のあと




厳しい冬が嫌いじゃなかった。

青白い夜の
サラサラと乾いた粉雪の広がりは
遠く見通す道を連想させて


氷点下の足跡が風に消え
来た道を、たとえ戻っても
それはいつも新しい道に思えた。

寒さが
身体を小さくして、体温を濃密にする

自分にとって
冬はむしろ、考え暖める季節だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今、まだ春遠い、春の陽射しの中で
樹林内を散策している

樹林は、重苦しく降り続いた三ヶ月の雪に
傷だらけの姿に変わっていた。







今年の
考えることも、暖めることも出来なかった惨い冬が
松を根こそぎ倒し、小楢の枝を
やっと根付いたミツバツツジや、
さくらを根元から折っている。

見渡す飛騨の山々の
折れるはずのない樹々が、折れ、倒れ
災害と言っていい、光景があらわになって

それにしても、
この過酷な冬の跡に
原生林の伐採からはじめた、あの頃が蘇えってくる。


散在している枝を拾い集めながら
15年をかけて、積み重ね、作り育てた時間
その数年を失ったかのような樹林を目の前にして


気候の影響をあまり受けない
人は生きているけれど
自然は生きていない都市に対して

自然と関わって生み出したものは、
その影響をもろに受けてしまう







ここでしかない四季の移ろいは
目が覚めるような美しさと
逃げたくなるような畏れがあいまって
それが自然の都合で見え隠れする


焚き火の炎に、虚ろになって
「仕方ない、ここは生きているのだから」とあきらめて


折れた枝、ボッキリと折れた幹を見ながら
それでも、手塩にかけた、ここにしかない唯一無二の
樹林の未来を想像している。


それは、
装わないで生地(きじ)のままであること。
他のものが加わらないで、そのものだけであること
厳しく美しい自然と、ギリギリまで飾らない自分 。

それを諦めず、ぶれず
拙速な近道でごまかさないで、続けて行くしかない。



雪、雨、風、光、虫、獣
時に無情な自然と、
しかし美しく豊かな自然。

それと、どう折り合ってゆくかは
なんとエネルギーがいることかと、ただただ痛感する。



つい最近、
【博士の愛した数式】という映画を見ていたとき

《 厳しく美しい自然と、ギリギリまで飾らない自分 》
それが素数と似ているのではと、偶然の直感がひらめいた。



素数は
《 1と、自分自身以外に約数を持たない数 》
素数とは
《 1と自分自身でしか割り切れない孤独な数字 》



それは
樹林(自然)[1]と、ギリギリまで割り切った自分[数]
と言うように
単純に当てはめた、言葉遊びのあと


素数ってなんだろう(どっかで聞いたことがある)と、
気まぐれに調べてみると・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

例えば 6 の約数は 1、2、3、6 の四つだけど、
1 と 6 が約数なのは当たり前でしょう。

それ以外に 2 と 3 も約数だ。

けれど、7 の約数は 1、7 しかない

つまり、7 は素数で 6 は素数ではない
この説明で、「二つしか約数がない数」が素数

6 は 2×3 と掛け算に表せて、

六つの数を長方形に並べることができる。
けれど7 はそうはいかない。

長方形に並べることができなくて、
一列に並べることしか出来ない数が素数です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


とあった。


2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47, 53〜
と、永遠につづく素数

素数は、無限に続く孤独な道

そして、一列に並べることしか出来ない道。


そして樹林にある西洋室に
素数の音が流れていたなら・・・・・


3月22日、三ヶ月ぶりに
樹林の地表がカランと乾いた。



傷だらけの春に
この樹林の何処かに石を組んで
無限に続く孤独な道として
素数の道を作ってみようと思っている


さて、素数の道、素数の音をどう考えるか?
なにか、少し力が湧いてきた。


樹林は、日々強くなる陽射しを受けて

自分の一年の軸と言っていい
春の真空の日を迎えようとしている。


【ブログ】冬と春の隙間に(真空の日)



















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