遠笛

左官−挾土秀平のブログ
和風座敷 黒■の間



自分の住む家は、
親父が建てたもので築後40年が経つ。

今ではもう
建たなくなった木造和風造りで、

当時飛騨では、なかなかの腕前を持った大工の手によるのもである。

この家の座敷は、
襖を挟んで12畳と15畳の、ひと繋がり27畳の広間がある

天井には、
杉のあじろが全面にほどこされていて、
欄間は松に鷹、
二間ある床の間には、黒檀の威厳ある9寸角の床柱
12畳の側にも、床の間があって
赤漆の雪見障子を開ければ、手入れはあまりされていないが
そこそこの庭が山続きとなって広がっているのだ。


2015年があけて、
ふっと、
俺にはこんな本格和風な座敷があるんだと、今さら気付いて、
深夜、幾度か畳に寝転がりながら思いにふけった。


年明けそうそう、仕事が薄いこともあって、
ヨシ、この座敷を思いきって全て塗り替えてみるか?




最近では和風どころか、
小さな和室一間もつくられることがなくなりつつある時代に
この座敷を俺流に塗り替えるとは?・・・・・・・・・を考えてみた。

だったらいっそ大工を上回るほどの意気込みを
この座敷に左官で表現したとしたなら・・・・・
京都のような、底なしに深い洗練には、憧れるものの、それは京都でいい。
目指すのは、京都ではない和、斬新で新しい和とはなんだろう
それはシンプルからも、洗練からも、
たぶん、かけ離れた過剰な世界になのかもしれない。


この座敷を塗り替えるにあたって
「過剰」それが否か応か、それをしばらく考えていた。


するとそのうちに
過剰から「キッチュ」という初めて知ることばにたどりついた。

その意味を調べると

キッチュの定義として
「陳腐である」という表現もされるが
単に陳腐なだけでは、それをあえてキッチュと呼ぶ必要性がない。

あまりにも陳腐であるがゆえに、
周囲の注目を集め、
独特の存在感を呈するもののみがキッチュたりうる。
キッチュとは「見る者」が見たこともない異様なものか
「意外な組合せ」「ありえない組合せ」であろう。

もしくは「見る者」にとって異文化に属するものであったり、
時代を隔てたりしている必要がある。
「見る者」の日常性に近すぎると
新鮮味のない陳腐な存在でしかなく
そもそも注意を引くこともない・・・・・とあった。


過剰とキッチュを、なるほどと、なんとなく解って


「異文化」
「意外な組合せ」
日常から離れた独特の存在感とつぶやいて・・・・


そういえばと
頭に浮かんできたのが
NHKの大河ドラマ龍馬伝のワンシーンだった。 

1867年、紀州の明光丸と、
龍馬のいろは丸が衝突した沈没事件で
長崎の引田屋の和室を舞台として
龍馬が紀州を怒らせる、はやり歌が広まっていくシーン・・・・

♫ よさこい よさこい
船を沈めたそのつぐないが
金を取らずに国を取る
はぁ、よさこい よさこい はぁ国を取ってみかんをくらう
よさこい よさこい 晩にこい


そのシーンでは、

豪商がいて、
武士がいて
脱藩浪士がいて
英国人がいて
芸者がいて

南蛮渡来のシャンデリアの下で、
丸いテーブルを囲み、柄もののジュータンに座り
酒と、グラスワインを傾けながら
はやり歌を、手拍子をしながら歌いあっている。


たぶんそれは、明治維新前の混沌とした過剰な世界だろう


それでそれを、
今の時代に合わせて俺流に出来ないだろうか?
過剰から始まった思いをいろいろ人に話してみると
こんな答えが帰ってきた。

そうだね、今あえて面白い挑戦だし、
うまく出来ればきっと新鮮に感じるかもしれないね


つまり
全然違う柄と、全然違う柄を合わせて全体でバランスをとって見せる。
過剰でいて、ギリギリ危うくバランスを保っている。
よくある同系色でバランス取るような逃げをうたない。

見方によっては、グロテスクでもあるんだけど
それは知的な滑稽さともいえて、
もともと日本には、そういうものがあったという。
でも、とても難しいだろうけど・・・・・


今、日本でどこへ行っても、
誰からも聞く誉め言葉は「洗練」そして「シンプル」
そしてその空間に立つたびに、なにか疑問や不審に感じる思いが募っていた。

その訳のひとつが、解ったような気がしはじめた。


そうだ!

その前にまず、過剰がなければならないのだ
過剰からひとつ、またひとつと引いた先に初めて洗練があるのだ
まずは、初めに過剰でいてバランスが取れていること。


ヨシ、どこまで過剰にバランスを取れるかを、この27畳でやってみよう。

この2月、
全力で挑戦している座敷は、
ツララ格子と命名した照明器具と
格落ちの襖と名づけた
4枚の大胆奇抜な大襖をもって完成までこぎつけた。・・・あと少し。


・・・・が、やってみて


いかに自分が洗練という言葉に逃げて
表現のバランスの挑戦から逃げて来たか

では、いざ過剰になってみなさいと言われた時点で、
それがどれだけ勇気がいることか?
それがどれだけ恐ろしく、
陳腐とのギリギリのせめぎ合いと、重圧を感じるものか?


とても簡単なことではないことを
自分の感性と力量の程を、思い知らされてしまう。


最近、偶然見たドキュメントで
「我々はもっと他の何者でもあり得るんじゃないか
我々は、なんなんだと言うことを絶えず考えて動いている
俺たちは、俺は何なんだという関心を失いたくない」

自分の住む土地が、
あまりに手仕事から遠くなってしまっているからか
この言葉にも駆り立てられた。


さてさて、

もう数日で取り敢えず、過剰な大座敷は完成となる。
それでそこの空間は、陳腐かどうか?


ひとつ判るのは、とてもキッチュにはなれなかったこと。

しかし、自分の中では、それなりに辻褄があった
日常から離れた独特の空気感はありそうだ。


黒◾️ノ間(コッカク)と名づけたい。


この座敷は
職人社秀平組の打ち合わせ室として
県外から訪れてくれる人達のための、秀平組のもてなしの空間として
今後要望があって都合が合えば、公開してゆきたいと思っている。
では、以下にこの座敷の仕上げを列挙する。

・座敷土壁 飛騨小むらさき土の水ごね切返し仕上
・座敷土壁周りの縁取り 黒カシュー天端曲面18mm
・座敷土壁雲模様 黒カシュー天端平面、先端曲面18mm
・床の間(大)夜空土切り返し十三夜特殊仕上及び磁場模様仕上
・床の間縁取り プラチナ箔押し天端曲面18mm
・床の間右壁 黒カシュー格子内、
小むらさきから夜空土グラデーション塗り分け

・腰壁表具布貼り見切 黒カシュー天端曲面18mm及び
両端部さじ面取り仕上
・表具布貼り( 二重蔓牡丹・金襴 )                  
・床の間 (小)黒カシューによる抽象滝イメージ取付 
小むらさき切り返し仕上
・あじろ天井さお部中心部 深みどり三角凸取付
・仏間襖、格落ち部模様 t=100 銀箔押し
・座敷襖12畳側 正列の角模様 銀箔貼り仕上
・座敷襖15畳側 格落ち模様、銀箔仕上げ
・座敷畳へり赤茶
・仏間表具 格落ち銀箔 ワインレッド
・照明傘、ツララ格子(オリジナル)
・待ち合い室、千代紙と桜の間、乳白色仕上げ
・床の間、松飾り。出版、青と琥珀から
・床の間、桂彫物。飛騨、村山群鳳作、「生きる」


今後もし、
この座敷を利用する機会があれば、地元にも開いて

会議、宴会、お茶会など、
人々に自由に着飾って利用してもらいたいと願っている。



けれど、この異空間に
また、よそ者扱いされるんじゃないかと少し心配。

我々は
m2=2000円の塗り壁から、
どんな仕事も選ばないことを、添えて。


















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