遠笛

左官−挾土秀平のブログ
仮面          1999,1,24,記
知らない街で・・・・
知らないホテルのシングルルームにチェックインした後、
日も落ちて何も持たず、ジャケットのポケットに手を突っ込みただ一人歩いていると
あらゆる物が溢れていて、ざわめいていて・・・・・・・・・目まぐるしく動いている。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 13:40 | - | - |
これからの左官としての考え方               2003,4,21,記
土壁を知りたくて、土壁を塗りたくて・・・

そうして解らないなりに積み重ねてきた、
自分流の考え方と,多様な泥の可能性と表情の世界。


最近では、この土を通して、様々な人達が訪れる様になり、
その都度、励まされたり刺激されたり・・・・

たくさんの話を聴き、
いろんな考え方を知り・・・
予期せぬ不思議な出会いが多くなってきている。

そんな中で、確かにこれまでは、
ただ気楽に自由な立場から,夢中で土に接してきたのだが、
最近では、それが進めば進むほどに、

自分にひとつの迷いというか、ある疑問も同時に発生している。

よくこんな声を聴いた・・・・

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 15:39 | - | - |
朝もや                       1999,1,6,記
ある日の朝、数河峠の上り坂。
ひとり車を走らせていた時だった。
空気は冷え、川は暖かくなってきた初冬のことである。
いつもならめっきり冷え込んでいるのに、今日はなぜかどんよりとした曇り空。



もう9時だというのに、まだ空はどんよりとしたままである。
目の前は依然深い霧が立ち込めていて光を吸収している。
ふと見ると、西の山並みに少し晴れ間が見え始めた。
・・・・・その時・・・・・。
朝もやが東に向かって流れ出した。
何かに吸い込まれるかの様に流れていく。
みるみるうちに、どんどん、どんどん、流れていく・・・。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 09:30 | - | - |
紺色の心                    2001,4,20,記
夜道を歩いている
月の雲間。群雲の流れ・・・・。
しんと冷えた静けさにひとり
果てしなく、黒に近づく紺の果てを見つめ
ただ、透けてゆくのを待っている
限りなく遠く澄みきった光と影に・・・。
心の底の、ガラスケースの一筋の
ひび割れの・・・・・・欠片のひかり
私は全てを打ち消して
黙して歩く、草の道

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 11:54 | - | - |
土の神の子供           1999.2.11 記
・・・・・・びっくりした。 
「 こじつけ 」といわれるかもしれない・・・・・・
                   それは偶然だと言われそうだが、
今の自分にとって、
     驚くべき発見をしたのである。 

 というのは、以前、小林さんがこんな事を言った。
 
『 神武天皇【 天つ神( あまつかみ) 】がいて、猿田彦【 国つ神( くにつかみ) 】は、先導する人、外来者を受け入れる神なのだという。 』    
    
シュウヘイ、お前は飛騨の猿田彦になりなさい
                  ・・・・・酒を飲みながらの話である。

ヘエーっと、
その時は、よく分らなかったが、言葉の響きが印象的であった。

これが日本神話、古事記である。
        さっそく調べてみようと本を探し読み始めた。 

その内容は・・・・・・
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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 12:39 | - | - |
旅立ちの前に         2001.3.10 記


人のやさしさ、暖かさが身にしみている
それがしみじみとして、痛くて苦しくてたまらない
いたたまれなくなって、はじきれてしまいそうで、
小刻みに震える体が止まらない。
どうして、矛盾を受け入れる事など出きるだろう
どうあるべきかを問いつづけると・・・・
自分で自分を責め潰してしまいそうだ
美しい物を汚してゆく恐さ、自分をくずし、きざむ音
穏やかにきらめく流れをいつのまにか見つめている
溶けるようにして、消えるようにして
海を眺め、夜空を見上げている・・・・
・・・・歌・・・・メロデイがなぜか無償に悲しい。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 10:06 | - | - |
《 左官職人 迫田幸一 》 2002.7.18 記
《 左官職人 迫田幸一 》=左官請負グループ、
迫田班との決別について書き記しておかなければならない・・・。
そう思いながら、この文章に向かう度に、いつも息詰まってしまう事の連続で、もう3年という時間が過ぎてしまっている。確かに11年という月日は彼に対する、愛信義情恨義憎惨といった、数え切れない思いが心の中で、めまぐるしく絡み合い、到底ひとつの理屈では納めきれず・・・
だから、言葉や文字などで表そうとしても、膨れ上がってしまうばかりで、考え始めると感情は高ぶり、冷静さを失ってしまうような所もあった。その度、結局は、自分の中から必死に消し去り、押さえ込んでしまうだけで疲れてしまう。
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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 10:20 | - | - |
迫田、去年の12月の事だった・・・
去年の12月の事だった。岐阜に戻った迫田幸一の様子がおかしいという・・・。
そんな風の便りに長年に渡り付き合って来たからこそ解る 
奴の性格から、なにか胸騒ぎめいたものを感じ、岐阜に車を走らせた。

相変わらず、改めて迫田の貸住宅の前に立っていつも感じるのは “今時、こんなにもボロボロの長屋が存在しているのか?”とため息が出る様な有様である。
ともあれ、玄関のドアを叩き「俺だ!」と呼ぶが返事はなく鍵がかかっている・・・
留守なのか? と思いながらも一応、居間側に廻り、古びたサッシ戸を開けてみるといきなり迫田のベッドが目の前に現れ、眠っていた迫田が驚きながら上半身を起こして
「おぅ!どうした・・・」っと こっちを向いた。

その時の迫田の風貌たるや、あまりの惨たんたる状態をどう表現してよいやら・・・
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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 10:32 | - | - |
恩師 イスルギ常務   1999.9.13 記
9/7、あの、イスルギの常務〔石動治夫〕氏が、仕事中に金沢の本社で突然倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。(享年62歳)余りにも惜しまれる業界の顔の死である。

話によると次回、カナダに於いて開かれる技能五輪国際大会の選手を養成する為、自らが数人の部下を従え、選手練習課題を制作している最中に、突然と音もなく倒れ・・・
・・・心臓の停止・・・。
あれほどの迫力、パワー、日本人離れした風格、そんな常務の突然の訃報に、ただただ呆然としてしまう以外にはない・・・とにかく何がどうなったのかと・・・想像の仕様もない・・・    そんなありさまだ。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 13:42 | - | - |
恩師 上内 丈光     1999.9.10 記
今こうして、自分が左官職として沢山の人と出会い、夢中になれる物があること。
そして、仕事面に於いて運良く勉強できるチャンスにも、恵まれ始めて来ていること。

 熊本は上内工業蝓 ー卍后名綟癲‖遏諭,修靴得賁魁名綟癲‐羝〕の両氏の下、自分が入社したのは昭和56年の春。当時は従業員140〜50位、いただろうか?
この頃、まだ建設現場は左官工事が主流を占めていた、全盛期だったように思う。両氏は、我が社は技能の『上内』だと胸を張り、技能者の育成の為に、事業所内に単独の訓練校を持ち、実際、昭和44〜60年頃までに、技能五輪全国大会でおよそ20人の入賞者を独自で育て、内、優勝者を7名出しているという、業界では、
九州王国とまで言わせた時代を築いたと言って間違いない。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 13:39 | - | - |
心の渦    1999.1.11 記
いつも・・・・・・いつもの事である。

たった一人で、
誰もいない静かな所にいると聞こえて来る。

このままで良いのだろうか・・・・・・
          こんな事で満足なのか・・・・・。

もしかしたら、
もう取り戻す事の出来ないような、

貴重な事や、
ひとつのきっかけになる事を
          見逃してはいないだろうか?

震える身体に手をあてて

聞かない様に・・・・
   聞こえない様に・・・・
       ・・・・・目を閉じ耳をふさいでいるのだが、

・・・・・・内の底から沸いてくる・・・・・・・・・。


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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 13:15 | - | - |
歩いてみることにした   1999.7.21 記
歩いてみることにした
とても遠く果てしない道を歩きはじめている
手を引いてくれる人がちゃんといて考える間もなく引かれるままに進んでいるのだ
しっかりと握っている手はとても強くて立ち止まろうとさえしない
もう歩けない程に疲れてしまっているのに
いつのまにか後押しまでされていて
どうやらたくさんの人達が自分を支え見守っている
このまま、歩き続けなければならない様だ。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 10:58 | - | - |
本来の自分・・・       1999.9.3 記
最近になって分かる事、自分の中にある、遠い昔からあるべくしてあった物。決まっていた物。自分自身だけにある本来、根本的にあったに違いない微妙な感覚、固有な物。

きっとそういった物が、誰にでもみんなにそれぞれ備わっている筈だと、思うんだけど、なかなか簡単には、それに気づく事が出来ない。言い表せない。気付けない。変えようのない物が絶対にある筈だ。・・・それにどうしたら近付けるのかが分からない。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 10:55 | - | - |
孤の詩     2003.3.20 記



人はみな寂しい
それは自分が寂しいだけ? 
でも、どうでもいいのなら
たぶん、それほど寂しくはない
がんばるから寂しい
深く思うから寂しい
強い意志が寂しさを増し・・・
ゆずれないから・・・なお寂しい
信じていれば、寂しくない?
信じるからこそ・・・
切なく寂しい。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 13:04 | - | - |
神戸からの仕事依頼 ≪2≫     
あの、神戸の家の話を聞いてから・・・・・
まだ、正式に依頼された訳ではないにせよ、
実際にこれが現実となり、いざとなればやはり、

心の内側では、
おいおい、大丈夫なのか・・・?その母親を納得させられるのか・・・?と、自分の内から不安の声が聞こえてくる。


せっかちなのか、臆病だからか?
知らず頭の中がどうしたらいいものかと勝手に動き回って止まらない。
  
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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 12:49 | - | - |
神戸からの仕事の依頼 ≪1≫  2002.8.1  記
6月頃だったろうか? 

それは・・・・神戸からの仕事の依頼で
是非相談に乗って欲しいという
数行のFAXが事の始まりとなった。

突然、神戸と聞いて、
・・・・瞬時に自分の頭の中を巡った事と言えば、
(今は仕事も十分だ、 距離的に遠い事、 予算的に合うだろうか?
無理せず上手く断ろう)と、そんな思いであった。


それから、
その神戸、≪襯┘海BaoBab≫なる会社から連絡があり、
依頼主である母親が、俺の壁を強く望んでいるという話の中で・・・

その思いの深さと驚くべく実話を知らされて、

自分の気持ちが・・・
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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 12:44 | - | - |
もっと、もっとだ・・・    1999.8.13 記
 もっと、もっとだ・・・と、人と話をしていても、飯を食べていても、例えば人の不幸を目の前にしていても、いつでも、もう一つの頭の中は非常な程に冷淡に、すなわち、人の事など別に関係ない、ただ自分が望む欲求を満たす事のみしか考えてはいない。
 その心は、肉体とも、何の相談もする事が無く、ひたすらに走り続けようとする。
 もうこれでいいという所が全然無いから全く困ったものである。
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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 12:37 | - | - |
ここ2年、秀平組の仕事内容・・・   2006.5.23 記
ここ2年、秀平組の仕事内容、その県外でのパーセンテージが異常に膨らんでいる。
というのも、地元の仕事を避けているのではないのだが、やはり東京を中心とした仕事の中身はその舞台の大きさ、人間の豊かさ、自由さ共に比べものにはならない程に
魅力的であり、経営的な面から見ても十二分の結果も伴っている。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 12:33 | - | - |
8月7日 東京お茶の水
8月7日、東京お茶水、久しぶりに小林氏と2人食事をしながら、いろいろ話すことが出来た。
その前に・・・。
元々セメントの左官であった自分が、30才も過ぎた10年そこそこで、今では様々な取材が訪れるような左官に変貌したのは、この小林氏との出会いが
決定的なものになっているのは言うまでもない。
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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 11:49 | - | - |
冬も終わりに近づき・・・     2000.3.5 記
冬も終わりに近づき、まだ息が白く映るころ。
ふっと夜中に目がさめる

さて、何時なのだろうと時計を探している
廊下ごしに見てとれる、外の気配は真夜中でもない。
起きあがり窓越しに様子をうかがうと・・・・・
外は深く夜が明けはじめようとしている少し手前、
                 真夜中の終わりのころ
ブルーで・・・・・夢幻で・・・・・。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 11:46 | - | - |
2000.1.21 記

2000年が終わった。 それと同時に自分の20年が続くことなく終わった・・・・。
今、新たな自分の人生において最大のスタートを切らざるを得ないという気持ちで一杯である。
これまでは親父を守る為にも必死に耐えて来たが、それも、もう限界だ。
「親父が立ち上げた会社を去る決意。」
「物心がついた・・・幼稚園の寄せ書きに“しゃかんになりたい”と平仮名で書いた頃から言えば、実に30年の思いにピリオドを打つ。」

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 11:40 | - | - |
気がふれている・・・   2000.7.21 記
最近と言うよりここ数年来、自分自身を含めた何もかもが、全てが、
根こそぎ嫌になって破裂しそうだ。見るもの、あらゆる事に嫌がさして、
目の前にある全てを無差別に、手当たり次第にぶち壊してやろうと考え、
その直前になってギリギリ立ち止まっている。

これまで日々神経を張り詰め、必死に現実を直視してきた分、
どうやったら、どういう行動を取ったら崩れてゆくかの手口は、あまりにも簡単に、艶やかに、美しささえ感じるほどにイメージできて思い浮かぶ。
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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 10:28 | - | - |
みんな自分がわからない 2000.11.17 記
みんな自分がわからない。
この急激な時代の流れ、電波、情報の飛び交うスピードの時代、
そんな漠然とした雰囲気にはやしたてられ、訳のわからないうちに、ただ遅れてなるものかと、あれも・・・・・これもと・・・・あわただしい毎日が続く、皆が競って時間に追われている。
追われれば追われるに従って、それこそあっという間に時も比例し、過ぎ去ってしまう。
でも、ある意味でそれは、凄く充実しているみたいに錯覚しがちなんだけれど、実は意外に内容や、中味の無いことが大方の様に思えてならない。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 11:11 | - | - |
『旅をする泥の詩人』 1999.1.17 記
『旅をする泥の詩人』こと、小林編集長が15日の昼、高山駅に到着した。
今回の目的は、真っ白な雪の中にたたずむ東家土蔵の景色を、『月刊、左官教室』2月号の表紙に飾りたいとの事で、わざわざ東京から訪ねて来てくれるのであるが、この一年間数回にわたり接してきた中で、自分にとって何より嬉しい事は、小林さん自身の人となりもさることながら、彼から出てくる一言一句が、今の一般社会の考え方や流行などとは全く違い、もっと遠くかけ離れた自然の風景の中にあるという事だ。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 11:02 | - | - |
20年が経って決意する 2000.10.10 記
この道に入ってもう、既に20年という長い月日が過ぎ様としている・・・・・。
今、目を閉じ、グーっと深い息を吐いてみる・・・・・、実に20年が経った。

振り返れば、それこそ一晩中、話しても話し尽せないほど苦しく、
ニガイ、重過ぎた20年であったと思う。

《誰でもみんな苦しくて当たり前、苦労は買ってでもしろ!》とは言う物の、この会社(高山)に、戻ってからの14年間は精神的に、肉体的に、
余りにも異常な状況がまかり通り、度を越え過ぎていた。
卑劣な行為、言葉に表せないほどの嫉妬、体裁と名誉、
欲望と金、虚栄、挫折、宿命、運命・・・・それらに翻弄され孤立してきた自分。

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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 09:08 | - | - |
会社を去る=人間の自然  2001.1.21 記
2000年が終わった。 それと同時に自分の20年が続くことなく終わった・・・・。
今、新たな自分の人生において最大のスタートを切らざるを得ないという気持ちで一杯である。

これまでは親父を守る為にも必死に耐えて来たが、それも、もう限界だ。
「親父が立ち上げた会社を去る決意。」
「物心がついた・・・幼稚園の寄せ書きに“しゃかんになりたい”と平仮名で書いた頃から言えば、実に30年の思いにピリオドを打つ。」

しかし、それは希望的な物ではなく、むしろ悲壮的と言った方が適切で、果たしてこれからの自分が、
何処まで耐え忍んで活路を見出せるか? 先行きは全く分からないが、
とにかく新しく生まれ変わりたい。・・・・・そんな心境である。
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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 08:15 | - | - |
・・・・・・矢沢永吉と泥壁の夢。 2002.8.17 記
これを話すと人は笑うかもしれない、
しかし、ひねくれながらも、今ここで生き残っている俺は・・・

真面目になって断言したい!

今の俺。
土壁は矢沢抜きには有り得ないと本気で思っているのだ。

振り返れば・・・

単身気の強さだけを武器にしていた熊本、名古屋の修行時代も、
億という金と、冷酷で陰湿な人間関係の中で、
なりふり構わず荒れ狂っていた大手ゼネコン時代も、
しがらみや、プライドを捨てて飛び出した挑戦の今も
              『泥』・土との対話を始めたあの頃も・・・・・・  
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| 過去〜                     2001年まで(独立以前の自分) | 12:44 | - | - |

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